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東京都千代田区の歴史
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所在地 千代田区三番町2 (千鳥ヶ淵戦没者墓苑)

 千鳥ヶ淵戦没者墓苑の森林は、近代造園学の父とよばれた田村剛博士の設計により、都心における洗心・安息を旨とした単純・質素を理念とし、昭和34年(1959)に新たに造営されたものです。


                                     創設当時

 当時は、約5,000坪(約1.6ha)の敷地に、シイやケヤキなどの高木13種、ツバキなどの灌11木種の合計1,800本が植えられましたが、その後の寄進や植樹、実生による自然繁殖などにより、現在では約4,000本に達しています。

 植樹後約半世紀を経ることで、主に武蔵野の樹木を用いた植栽当初の樹木も大きく育ち、常緑樹を中心とした静寂、荘厳な森を形成しています。なかには、幹周りが二人がかりで手がつながるほどに大きくなった樹木(幹周250cm前後)も数多くみられます。


                                              現在


 武蔵野の林とは、太古の昔には、関東平野の沿岸部の台地を広く被っていたカシとシイの混生した照葉樹林(葉がつやつやした常緑樹の林)で、林床にはヤブツバキやヒサカキ、アオキなどが茂った鬱蒼とした森林であったと考えられています。
 しかし、武蔵野の開墾が進み、里山として利用されることで成立したケヤキ、コナラ、クヌギ等の落葉樹を主体としたいわゆる雑木琳もまた、武蔵野の森の代名詞となっています。

 苑内では、こうした武蔵野を象徴するケヤキやシイが大きく成長して、聖域の静寂、荘厳さを高めると共に、野鳥をはじめとする動植物の豊かな生息環境として、貴重な緑となっています。
 また、千鳥ヶ淵の森林は、皇居の森林と一体となり都市のヒートアイランド防止効果や、二酸化炭素吸収による地球温暖化の防止など、高度に市街化した都心にあって、都市の緑として大きな役割をあわせ持っています。                                       
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