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東京都千代田区の歴史
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所在地 千代田区外神田2-16-2 (神田神社)

 角田竹冷(つのだちくれい)の句碑 

 白うおや はばかりながら 江戸の水

 安政3年(1856)5月に静岡県富士郡加島村に誕生。職業は明治初期の「代言人」(今の弁護士)であったが、俳人として名を知られていた。
 
明治28年(1895)10月、みずから発起者となり、尾崎紅葉・岡野知十・巌谷小波・川上眉山・戸川残花らの参加を得て秋声会を組織し、翌明治29年(1896)11月俳詩「秋の声」を創刊した。明治30年(1897)6月「卯杖」を出し、後に「木太刀」と改題主宰した。
 
正岡子規の日本派とともに、俳句革新運動の一勢力をなした時もあった。晩年は古俳書の収集に熱中した。いま「竹冷文庫」として東京大学図書館に保管されている。竹冷は大正8年(1919)3月20日66歳で没す。

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