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東京都千代田区の歴史
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所在地 千代田区神田駿河台3-11 (三井住友海上駿河台ビル) 

  中央大学駿河台校舎跡之碑
中央大学の創立者は増島六一郎ら新進の法曹を中心とした18人の思想家達であった。これら先覚は穏健な民主主義を基盤に実務と実証を重んじるイギリス法の理解と普及こそがわが国の近代化に不可欠であるとして明治18年(1885)9月10日東京市神田区神田錦町の地に英吉利法律学校を開校した。その後校名は東京法学院 東京法学院大学と改められ明治38年(1905)8月中央大学と改称し今日に至っている。この校名の由来は学術の中枢たるべきを期したものであり同時に所在地の神田が東京の中央 日本の中央であるとの意を含むものであった。その後大正12年(1923)の関東大震災により錦町校舎が消失したのを契機として大正15年(1926)8月31日ここ神田区駿河台南甲賀町に移った。爾来54年間の長きに亘ってこの地において着実な発展を遂げてきた本学は昭和55年(1980)3月八王子市東中野の校地に研究教育の近代的な殿堂を整えて移転を完了しあらたな飛躍に向けての努力を続けている。中央大学創立100周年にあたりこの地に繰り広げられた本学の歴史を偲び記念の碑を建てる。
  昭和60年(1985)7月8日 中央大学
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