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東京都千代田区の歴史
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所在地 千代田区神田須田町1-11 
               (旧連雀町18番地)

御祭神 倉稲魂命 ( うかのみたまのみこと )



山城国稲荷山の分魂・柳森神社攝社にして蓮雀街創立の頃より町内鎮守神と祭祀す。青果商う者、出世奉賽の為に建立すとも云う。其後延享年間火災の折、柳森神社に合掌祭祀し例年2月上の午日、町内に迎え祭典執行居りしも明治7年(1874)5月町内地続き武家地新開成るに及び蓮雀町18番地に信者奉願造営遷座せるものなり。明治8年(1875)東京府境内見捨地とす。
大正12年(1923)5月社殿改築の議起り、柳森神社へ神璽を遷し、9月竣工の運びとなりしも、9月1日突如起りし関東大震災の為、新営・町家共に灰燼に帰す。幸いにも神璽は柳森神璽と共に偶然にも神田川いなり河岸に繁留ありし稲荷丸という船(多町青果市場納入便船)に遷奉し猛火を潜り河口を脱出難を避けた。



現社殿は昭和3年(1928)遷座建立せしものにて、年々9月15日町内及び信者一統相寄り柳森神社柳原宮司のもと祭祀司る。
其後町内戦火にも免れ、火災災厄一つとしてなく遠地よりの参拝も多く、火防・商売繁栄学業成就の神として多大の崇敬を集めている。
                          謹 記
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