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東京都千代田区の歴史
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所在地 千代田区九段北1-14-21 (築土神社)

千代田区指定有形民俗文化財 
 築土神社の狛犬
          平成8年(1996)4月指定
  
 本狛犬は、台座部分もあわせると高さ1.5メートルほどになる一対の石像です。左右の像とも本殿から見た面に「元飯田町」「惣氏子中」「安永九庚子十一月」との銘文が刻まれています。



 元飯田町というのは、現在の富士見1丁目および九段北1丁目あたりのことです。天正18年(1590)の徳川家康の関東入国ころより、中坂や九段坂の咲かした一帯を飯田町と称していましたが、元禄10年(1697)の葛西で町が築地に移されて南飯田町となった際に、九段中坂一帯に残った町地を元飯田町と呼ぶようになりました。



 社殿によれば築土神社は、天慶3年(940)平将門の霊を武蔵国豊島郡上平川に祀り津久戸明神と称したことにはじまり、その後飯田町に近い田安に遷座して田安明神と称しました。元和2年(1616)には牛込門外の筑土山(現新宿区筑土八幡町2番地)に遷座して築土明神となり、以来昭和初期まで牛込に鎮座し続けました。しかし昭和20年(1945)空襲で社殿などを悉く焼失し、昭和29年(1954)には九段中坂の世継稲荷神社境内、すなわち田安明神の旧地に近い現在地に遷座しました。
 元飯田町の住人が本件狛犬を奉納した安永9年(1780)には、築土神社は彼等の居住地から少し離れた場所にありました。元飯田町の住人は、自分たちの信仰の対象である神社が牛込に遷座したあとも変わらぬ信仰を続け、いわばその証として本資料を奉納したのだともいえます。
 また、本件狛犬の一方の頭上には「角」が、また他方の頭上には「宝珠」がのせられています。これは厳密な意味で前者を「狛犬」、後者を「獅子」と意識して区別したことの表れであると思われます。



 区内の寺社などに現存する最古の狛犬であるこの築土神社の狛犬は、私たちに築土神社の江戸時代の信仰の広がりを伝え、かつて千代田区域に居住していた人々の暮らしと信仰の様子を語りかけつつ、九段の一隅に佇んでいます。
 平成9年(1997)3月  千代田区教育委員会
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